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1966年11月、日本水泳連盟は奈良県で全国コーチ研修会を開催した。
当時日本水泳界は東京オリンピックで競泳陣惨敗を受け、強化計画を検討している矢先だった。
日本水泳連盟名誉会長田畑政治(たばたまさじ)氏と日本水泳連盟会長の奥野良氏ら関係者は中山正善氏(東京スイミングセンター設立者)と会い水泳日本再建についての懇談が行なわれた。
田畑氏は「水泳日本の再建には、選手強化に使えるプールが東京に必要だ」と中山氏に訴えた。中山氏は田畑氏に水泳日本復活の為に協力する事を約束した。
このような経緯で、1968年6月に東京駒込の地に東京スイミングセンターが誕生する事となった。
ヘッドコーチには小柳清志氏(当時日本水泳連盟競泳委員)があたることになり目標は『オリンピックで旗をあげる選手を輩出する』ことであった。
1980年オリンピックモスクワ大会に久米直子、渡辺智恵子の2名の選手が東京スイミングセンターより最初の日本代表となった。 1984年ロスアンゼルス大会には久米直子、関戸直美が日本代表として出場した。 久米は東京スイミングセンター初のファイナリストとなる。 その後1988年ソウル大会には三浦広司(男子選手では初代表)、1992年バルセロナ大会には木村衣里(ファイナリスト)、1996年アトランタ大会には吉見譲、2000年シドニー大会には北島康介(ファイナリスト)が日本代表となった。 設立より36年目2004年アテネ大会では北島康介、中村礼子、三木二郎が日本代表となった。この大会において夢であった『オリンピックで旗をあげる選手を輩出する』を実現する。 北京大会では北島康介、中村礼子、上田春佳の3名が出場し北島康介の二冠ニ連覇、中村礼子の競泳女子では唯一のメダル獲得並びに女子では72年ぶり二大会連続メダル獲得という偉業を成し遂げた。
東京スイミングセンターは皆様方のご支援を頂きながら今も変わらず『オリンピックで日の丸をあげる』を目標に日々邁進致しております。
(『人間 田畑政治』より一部抜粋)